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Barrie Cadogan

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ギターヒーロー

もはや形骸化し、陳腐化した言葉ではあるが、私の中でBarrie Cadogan(バーリー・カドガン)はそう呼べる数少ないアーティストの一人だ。

まずはとにかく、彼のプレイを感じて欲しい。

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ガレージロック、特にBluesテイストを好む人間ならば、一度は彼のプレイに心を奪われた事があるはずだ。その卓越した技術は常に、ホールの聴衆を虜にする。

Barrieが中心に結成したバンド、Little Barrie。後にサマーソニック05にて入場制限をかけた彼らが誕生したのは、1999年のイングランド。そのバンド名から分かるように、当時から彼のテクニックが飛び抜けていた事は想像するに容易い。

元オレンジ・ジュースのボーカル、Edwyn Collinsに見出された彼らは、デビュー・アルバム『We are Little Barrie』を2005年2月にリリース。

Little Barrieの「We Are Little Barrie」
アルバム・2005年・13曲

オリジナルメンバーのドラムス、Wayne Fulwood(現the Natural Yogurt Band)がジャズ畑出身という事もあって、ファンキー・ジャズのテイストが色濃い。軽快なシャッフルビートに真空管の音色を全面に出したギター。ファンの間では、この1stを好む好まないで意見が分かれるところだが、私は今でもふとした時のBGMとしてこのアルバムに浸っている。そしてこのアルバムのクオリティが、後のBarrieのアーティスト人生を決定付けたと言っていいだろう。

初めて彼らが来日したのはこの年で、前述したようにサマソニで話題をかっさらい、日本のガレージロックファンにも広く認知され始めた。その後ドラムスのWayneが脱退し、The Jon Spencer Blues ExplosionのRussell Simins、ジャズドラマーのBilly Skinnerをサポートとして迎え、活動を続ける。

2ndアルバム『Stand Your Ground』でバンドはよりエキセントリックな方向にシフトした。アルバムの中で特に印象的なナンバー、「love you」を公開Gigで披露した映像が残っている。

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その後の活躍はロックファンならば知っての通りだ。多様性の象徴、Primal Screamのサポートギタリストに抜擢され、Paul Wellerの『22 Dreams』のレコーディングにも参加した。名実共にギタリストとしてのBarrie Cadoganの地位が確立されたのはこの頃だ。

私が初めて生でBarrieのパフォーマンスに触れたのは2010年、Little Barrieのツアーで来日した時だったと記憶している。3rdアルバムの『King of the Waves』のレコーディングを前に、バンドは正ドラマーにVirgil Howeを迎え、バンドサウンドはさらにストレートに、力強いものに変化していた。よりメロウに、より彼独特のギターサウンドを前面に。

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スタンディング500名の代官山UNIT、決して大きくない箱一杯の日本のファンを前に、圧巻のパフォーマンスだった。彼のパフォーマンスは小規模なライブハウスでこそ発揮される。艶めかしく、激しいギターの音色と、メランコリアな彼の歌声はハウス全体を包み込んで、Grooveの海に観衆を引きずり込んでしまう。

3ピースバンドにおいては、それぞれのパートの音楽的な主義主張がより色濃くサウンドに直結する。その意味でLittle Barrieはこの頃、一つのサウンドの完成、帰結をみたと言っていい。Virgilの経験に裏打ちされた真正面なビート、結成当時からバンドを支えるLewis Whartonの広がりのあるベースの低音。その舞台の上でBarrieは歌い、六弦をかき鳴らす。

とにかくこのActをきっかけに、Barrie Cadoganというギターヒーローの存在が、決定的に自分の音楽性の中心に居座ることになってしまった。それ以来私はもう彼の虜だ。

Barrieのサウンドの特徴は、歌とギターの調和にある。彼のギターは俗に言う”テクニシャン”のそれではない。フレーズで語りかける事ができる数少ないギタリストだ。単に耳に残るという類のものではなく、バンドのGrooveを底上げする効果的なフレーズを、彼はその天性の才能と経験から知り尽くしている。そしてその上に、言霊を浮かべるのだ。決して押しつけがましくなく、技術のひけらかしでもない。それは彼自身が積み重ねてきた何百、何千というGigやセッションで身に付いたであろうことは間違いなく、受け取る側への説得力になっている。さらにはイングランドという土地に根付く、音楽という文化の深みも感じさせてくれるのだ。Blues、Rockという音楽に対する愛情と自己表現の形が、そこには確実に存在する。

2016年に発表された彼のソロ・プロジェクト『The Cobra Lamps』の楽曲でも、そのスタイルは一貫している。

The Cobra Lampsの「The Cobra Lamps - EP」
アルバム・2016年・4曲

Barrie、そしてLittle Barrieがこれからどんな刺激的なサウンドを提供してくれるのか、世界中が期待していた。だが2017年9月12日、元イエスのギタリスト、Steve Howeから、息子であるVirgilの急死が発表された。41歳、あまりにも早く、あまりにも突然の訃報だった。

私はこの年の2月に、新木場Studio Coastで行われたHostess Club WeekenderでのActにも立ち会っていた。成熟されたバンドサウンドと、Virgilの力強いリズムに陶酔したが、皮肉にもこのイベントが日本では最後のLittle Barrieの公演、Virgilの最後の姿になってしまった。

その後、Little Barrieの活動は現在までほぼなくなってしまった。Virgil Howeというドラマーの存在が、彼らにとってどれだけ重要であったかを物語っている。バンドにとってもファンにとっても、本当に惜しい人を、亡くした。

Barrieはその後も、本拠地といえるロンドンのダイニング・バー、 Blues kitchen などで時より活動しているが、オフィシャルでのアルバムのリリースや、Little Barrieの今後などは現時点でも発表されていないという認識だ。

私を含め世界中のファンが彼の新しいサウンドを心待ちにしている。
いつの日にかまた、彼の世界観に包まれて、膝が立たなくなるほどの経験をする日を夢見るのみだ。

ちなみに2019年の映像だが、59年のGibson Les Paulを奏でながら、Jimi Hendrixの左手の握りや、奏法の解説を嬉しそうにする彼の姿は、生まれつきのギター小僧の、それだ。この記事の最後に紹介しておく。

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以下2020年4月17日加筆
完全に見落としていたが、昨年の12月にサポートにThe Pacersを迎え、Little Barrieはロンドンで活動を再開していた。新譜のリリースと再びの来日が待たれるところだ。

※本記事で紹介した画像やコンテンツは、一部を除きLittle Barrieオフィシャルから流用しています

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